今日はやなせたかしさんの話をさせてください。アンパンマンの生みの親です。
アンパンマンって、若い天才がパッと生み出したものだと思うじゃないですか。違うんです。絵本の『あんぱんまん』が出たとき、やなせさんは54歳。テレビアニメが始まったときは、69歳でした。
じゃあ、それまで何をしていたのか。——これがすごいんですよ。何でもやっていたんです。
34歳で百貨店を辞めてフリーの漫画家になったものの、時代はストーリー漫画のブーム。漫画の仕事は減っていきます。それでも腐らずに、テレビ番組の構成、舞台美術、司会、作詞。あの「手のひらを太陽に」の詞、実はやなせさんです(42歳のとき)。業界では「困ったときのやなせさん」と呼ばれていたそうです。
ただ、「これが自分の代表作だ」と言えるものは、なかなか持てずにいました。
54歳のとき、月刊絵本に『あんぱんまん』を描きます。自分の顔を食べさせるヒーローです。
これがもう、大人に大不評で😅 出版社からは「これ一冊限りにしてほしい」と言われ、幼稚園の先生からは「顔を食べさせるなんて残酷」という手紙まで来たと、ご本人がのちに語っています。
でも、子どもたちだけは違ったんです。何度も何度も「読んで」とせがむ。大人の評価と子どもの支持が、真っ二つに割れました。
そして1988年、69歳のとき、テレビアニメ「それいけ!アンパンマン」が始まります。国民的ヒーローの誕生です🔥
やなせさんには、従軍して飢えに苦しみ、弟さんを戦争で亡くした経験があります。そこから「本当の正義とは、飢えた人に食べ物を届けること」という考えに至ったと言われています。自分の顔を差し出すヒーローは、その答えだったんです。
54歳の絵本は、突然のひらめきじゃありません。売れない時代に何でもやり続けた蓄積と、戦争のなかで考え抜いた「正義とは何か」。全部がつながって、あの顔になった。
いま目の前にある「代表作じゃない仕事」、ありますよね。……それ、どこにつながるか分かりませんよ。ひとつ、ていねいにやってみませんか?