今日は渋沢栄一さんの話をさせてください。一万円札の顔になった、あの渋沢栄一さんです。
1867年、27歳の渋沢さんは、幕府の使節団の経理係としてパリ万博に随行します。江戸時代の侍が、パリに行ったわけです。
そこで出会ったのが、フランス人の銀行家フリュリ=エラールさんでした。この方から、銀行の仕組み、株式会社の仕組み——みんなでお金を出し合って大きな事業を起こすやり方を学びます。
当時の日本には、株式会社も銀行もまだありません。パリから日本へ送った手紙が残っています。
「博覧会の展示はほんとうに壮大で素晴らしく、世界中から実用品やそれ以外の品々が出品物として並べられ、それらに驚かされます」
27歳の「驚かされます」が、そのまま紙で残ってるんです🔥
帰国後は明治政府に入って大蔵省で働くんですが、1873年、33歳で辞めます。向かった先は、民間。同じ年に、日本初の株式会社形式の銀行「第一国立銀行」を立ち上げました。いまのみずほ銀行の源流です。
そこから生涯で、約500の企業の設立や経営に関わり、約600の社会事業を支えたとされています(渋沢栄一記念財団の公式の数字です)。日本の「会社」という仕組みそのものが、パリで火がついた27歳から始まっているんです。
渋沢さんの思想は「道徳経済合一」。道徳とお金儲けは、本来一致すべきものだ、という考えです。『論語と算盤』という本のタイトルにもなっています(正確には、本人の談話を編纂した本です)。
面白いのは、渋沢さんの着火が「外の世界を見た」ことだった点なんですよね。知らない世界を見る。それだけで、当たり前だと思っていた自分の世界の輪郭が、はっきり見えてくる。
最近、自分の業界の外側、覗いていますか😊 ……ぜんぜん違う世界の人の話、ひとつ聞きに行ってみませんか?