No.0013

手作りのソケットを酷評されて、
23歳で会社を作った話

松下幸之助さん

今日は松下幸之助さんの話をさせてください。パナソニックの創業者で、「経営の神様」と呼ばれた方です。

神様の始まりは、9歳です。父の事業の失敗で家が傾き、小学校を中退して、たったひとりで大阪へ丁稚奉公に出ます。

15歳で大阪電灯という電力会社に入り、電気の将来性に惚れ込みました。そして22歳のとき、自分で改良したソケットを上司に見せるんです。会社の役に立とうと持っていった、手作りの発明品です。

返ってきた言葉が、これでした。

「これではだめだ。使いものにならない」

……酷評です😅 でも松下さん、ここで腐って終わりませんでした。翌年に会社を辞めて、1918年、23歳で松下電気器具製作所を立ち上げます。メンバーは、22歳の奥さんのむめのさんと、15歳の義弟さんの3人。

そこから、あのパナソニックです。

でね、僕がいちばん好きなのは、晩年のエピソードなんです。91歳のとき、「生涯でいちばんうれしかったことは」と聞かれて、こう答えています。

丁稚奉公のとき、初めての給料で5銭白銅貨をもらったこと。

91年生きて、世界的な会社を作って、いちばんうれしかったのが9歳の5銭。……ぐっときませんか🔥

ご本人は、自分の境遇をこう語っています。

「家が貧しかったために、丁稚奉公に出されたけれど、そのおかげで幼いうちから商人としてのしつけを受け、世の辛酸を多少なりとも味わうことができた。生来体が弱かったがために、人に頼んで仕事をしてもらうことを覚えた。学歴がなかったので、常に人に教えを請うことができた」

貧乏も、病弱も、学歴のなさも、ぜんぶ「おかげで」に変換されている。ないものが多い人ほど、実は着火の材料をたくさん持っているのかもしれません。

あなたの「ないもの」、ひとつ思い浮かべてみてください。……それ、「おかげで」から始まる文に言い換えたら、どうなりますか?