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48歳、全財産を失ってから
チキンラーメンを作った話

安藤百福さん(日清食品創業者)

今日は安藤百福さんの話をさせてください。日清食品の創業者で、インスタントラーメンを発明した方です。

……というと、最初から食品の天才だったように聞こえるんですけども、実はこの話、どん底から始まるんですよね。

1957年、頼まれて理事長を務めていた信用組合が破綻してしまいまして、47歳で全財産を失います。残ったのは借家の自宅だけ。ゼロというか、マイナスからのスタートです。

で、ここからが本題なんですけど、この方が何をしたかというと、自宅の裏庭に3坪の小屋を建てるんですよ。畳6枚分です。

思い出していたのは、終戦直後の闇市の光景だったそうです。寒い夜、ラーメン屋台にずらっと行列ができていた。日本人はこんなにラーメンが好きなのか。だったら、お湯さえあれば家で食べられるラーメンを作れないかと。

そこから1年間、休みなし。睡眠は1日平均4時間だったと、日清の公式記録に残っています。道具も材料も、自転車の荷台に積んで自分で運んだそうです。いや、ついこの前まで理事長だった47歳の方が、ですよ😅

で、突破口はどこにあったかというと、台所なんです。奥さんが天ぷらを揚げる姿を見て、ひらめいた。麺を油で揚げて乾燥させれば、お湯で戻るんじゃないか。この「瞬間油熱乾燥法」、いまも世界中のインスタントラーメンで使われている技術です。

開発のめどが立ったのが、1958年3月5日の未明。これ、48歳の誕生日当日だったと伝えられています。すごくないですか🔥 その年の8月、チキンラーメンが世に出ました。

この方の言葉で、確かな記録に残っているものがあります。

「考えて考え抜け。私は考え抜くと血尿が出た」

いや、すさまじいですよね。

でも、この世界的発明の材料を並べてみると、面白いことに気づくんです。何年も前に見た、闇市のラーメン屋台の行列。そして、台所で奥さんが揚げていた天ぷら。……このふたつなんですよ。

特別な出会いも、最新の技術もいらなかった。古い記憶と、いつもの台所の風景。その掛け合わせが、全部を失った47歳の中でカチッとはまった瞬間、世界が変わりました。

火種って、実はもう自分の中にあるのかもしれません。あとは、掛け合わせる日が来るかどうかで。

あなたの中の古い記憶と、いつもの風景。なにかとなにか、掛け合わせてみませんか?